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ヤングケアラーこそ、自分自身と真剣に向き合いましょう。

介護
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こんにちは。モウカクです。
前回の記事で、私がヤングケアラー時代に気付いたことや変わったことについて書きました。
その記事の中で、「たとえヤングケアラーであったとしても、自分がどういう道に進みたいかは真剣に考えた方が良い」ということをお伝えしました。

これは私自身振り返ってみて、本当に大事な観点だったなと身に沁みて感じたことです。
そこで今回は、ヤングケアラーであっても、いや、むしろヤングケアラーだからこそ「自分がどういう道に進みたいか」を真剣に考えるべき理由について、いくつか私自身の体験談を交えながらご紹介していきたいと思います。

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何故、意識的に自分自身のことを真剣に考える必要があるのか?

なぜヤングケアラーが「自分がどういう道に進みたいか」を意識的に真剣に考える必要があるか?
まず最初に結論から書きますと、

介護で日々やることに追われるうちに、考えること自体が面倒くさくなってしまい、大事な選択のタイミングの時に真剣に考えるという行為が出来なくなるリスクがあるからです。

このリスクについて、私自身の体験談から細かくみていきたいと思います。

介護で日々やることに追われ、思考時間が相対的に減少する

実際に介護に携わり始めてから痛感したのは、「とにかくやることが多い」ということでした。
始めたばかりで慣れておらず時間がかかっていた、とも言えますが、

・家での親の言動を注視する
・日々の様子、言動について日誌につける
・親の話し相手になる
・親から依頼された分の日用品の買い出し
・病院への付き添い などなど・・・

平日休日問わず、毎日上記のいずれかに時間を割いていた記憶があります。
当時は学校生活の他に上記内容に携わっていました。シンプルに日々のタスクがかなり増えたことで、勉強をはじめ、その当時に経験するであろう色々な思考時間が相対的に減少していたのです。
これは言い換えると、当時の私は「介護に携わることで自分自身の思考時間を代償としていた」ともいえます。
日々の生活に追われているとなかなか気付きにくいですが(私も当時は全く気付きませんでした)、思考時間が減少していることを放っておくと、後々ボディブローのように効いてきます。。。

肉体的疲労のほかストレスなどの精神的疲労が蓄積し、思考能力が低下する

端的に言うと、「考えるのが面倒くさくなる」ということです。

私の体験談ベースでお話しますと、、、
親は精神疾患ということもあり、日によって状態がかなり不安定でした。悪い時は昼夜関係なく暴れる・奇声を出すなど、突飛な行動に出ることもあったため、私は親の言動にかなり神経を尖らせていました。
夜もなかなか熟睡することは出来ず、慢性的な寝不足状態だったことを覚えています。

そんな日々が続くとどうなるか。
肉体的疲労はもちろん、精神的な疲労もどんどん蓄積していきます。
そして、思考能力にも影響を及ぼすようになります。疲れが溜まった結果「何も考えたくなくなる」んですね。
朝起きて、学校に行って、家帰ってきて、親の面倒みて、何となく寝た気になって、また朝がきて学校・・・
当時のモウカクはそんな毎日を繰り返していました。感情のないロボットと同じですね。

今振り返ると、当時の自分は肉体面・精神面の両方で大分追い詰められていたなと感じますし、もっと自分を労わりながら介護に携わればよかったなと思います。
ですが当時の私にはそんな余裕はありませんでした。。。

結果的に、日々のタスクに追われるうちに思考能力が低下してしまい、自分の人生や将来などについて考える大事な時にも何も考える気にならず、安直な選択をしてしまったのです。

介護を続けているうちに「介護が自分のやるべきことだ」と認知が変換される

これは後々振り返って気づいたことです。
私はヤングケアラー当時、将来の進路選択を考えるべきタイミングでこのような思考ルートを辿っていました。

モウカク
モウカク

「面倒くさいな・・・日々のことでそんなこと考えている暇ねーよ!」
「将来・・・?どうせ介護してるんだろし・・・」
「進路・・・とりあえずは介護に支障が出なければ何でもいいかな・・・」

上記は当時の私のリアルな思考です。
・・・今考えるとヤバイですよね。選択基準に「自分がどうしたいか」の観点が全く入っていません。全て他人軸での判断基準になっています。

個人的に、人が陥りがちな思考の1つとして「自分が今携わっていることや出来ていることが、自分のやりたいことになる」というものがあると思っています。
どういうことかというと、例えば今会社で自分が数年携わっている仕事があるとします。
数年携われば、ある程度の範囲の仕事は自分自身でこなせていると思います。今携わっている内容の期間が長くなるほど、「出来ている」という感覚は強まっていきます。
そして、気付かないうちに、「自分が今携わっていること = 自分が出来ていること = 自分のやりたいこと」に認識が変換されていくのです。

当時の私はまさにこれでした。
介護に携わり始めてから、自分の日常の中で「介護」という概念が当たり前になり(今携わっていること)、日数を重ねることで出来ることが増え始め(出来ていること)、人生や将来を考える際に介護を最優先に考えて(自分のやりたいこと)いたのです。

自分のやりたいことを理解し、将来に向けて気持ちを整える!

いかがでしょうか。
ヤングケアラー当時の私の実体験をもとに、「自分がどういう道に進みたいか」を意識的に真剣に考えるべき理由について書いてきました。

改めて考えると、
日々のタスクが増える → 日々のタスクに注力する → 他のことを考える余裕がなくなる → 思考能力が低下する → 何も考えなくなる → 今出来ていることに焦点があたる → 出来ていることが自分のやるべきことだ!
こんな感じの思考ルーティーンを辿っているワケですね。
ヤングケアラーを担っている方は、上記の思考ルーティーンに入っていきやすいのではないか、自身の実体験からとても強く感じます。

ではどうすると良いのか?
繰り返し書いていますが、「自分自身と真剣に向き合う時間を意識的に作る」ことです。
これは非常に大事です。日々のことに追われると自分のことはおざなりになりがちですが、決しておざなりにしていいことではありません。繰り返しますが、非常に大事なことです。

・自分は何を望んでいるのか?
・自分が本当は何をしたいのか?
・自分はどういう道に進みたいのか?

このとき、自分軸で考えることが非常に重要です。他人軸の観点を入れてはいけません。
何故なら、他人軸の観点を入れた時点で、純粋な自分自身のやりたいことではなくなるからです。

そして、自分自身と真剣に向き合った結果「やりたいこと」が分かったら、状況的な可能・不可能は一旦置いておき、自分のやりたいことについて、家族や周囲に想いを率直に吐き出してみてください。
「どうせ無理だろう」と飲み込む必要は全くありません。今現在は状況的に難しいかもしれませんが、未来はどうなるかわからないのです。状況はいつ何時変わるかわかりません。
今は無理でも、将来的にはやりたいことが出来る可能性だって十分にあります。

「自身が何をしたいのか」を理解しておくと、その後の人生のモチベーションに繋がります。
いつ何時、やりたいことへの道が開けるかは現時点では誰にも分かりません。なので、例え今は難しくても「いずれは・・・」という風に気持ち・マインドを整えておくのは非常に大事だと思います。
私自身、ヤングケアラー時代にこれをおろそかにしたことで後々になって自分のやりたいことが分からなくなり、とても長い時間悩みました。この記事をここまで読んでくださっている皆さんは、ぜひおろそかにせず真剣に向き合っていただければな、と思います。

では今回はこの辺で。長々とお付き合いくださり有難うございました m(__)m

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